2008年05月12日

パラダイムシフト

今日から技工士学校の臨床実習が始まる。
新しいアルバイトの人も入り、
にわかに活気付く当院!

なかの歯科が、大きなファミリーなら家族が2名増えたよう!
土曜日に開催される、今期既に2回目となる、歓迎会が今から楽しみだ。

昨日の3名の先生による講演会は、久々に気持ちが燃え滾るような感動を感じた。

岩田先生は、歯科界の重鎮!30年以上前にアメリカの大学で学ばれて
それを30年前に日本に紹介された。

45歳になって、アメリカの歯科医院から影響を受けて、カルチャーショックを受けている
どこかの田舎の歯医者とはえらい違いである。

また岩田先生はとても男前である。
色気のある男は、いくつになってもカッコいい。

申先生は、大学教授ながら研究はもちろん臨床に
かなり力を入れられているご様子は、数々の講演会等の発表から
推察される。

歯周組織のプラスティックサージェリーの素晴らしさは
さすがと舌を巻くしかなかった。


山田先生は歯の根っこの治療、エンドの世界では
知らない人がいないほど超有名な先生であるが
「パラダイムシフト」と言う言葉を講演会の最初で使われた。

今の日本の歯科の世界では大きな「パラダイムシフト」が起きている。

今までの材料や治療法が既に時代遅れになっていて
私達歯科医師も大きな流れに乗り遅れないように
大きく意識の変換をする必要があると言われた。

「パラダイムシフト」とは?辞書によると

【ある時代・集団を支配する考え方が、非連続的・劇的に変化すること。
規範の遷移。思想の枠組みの変動。
社会全体の価値観の移行。パラダイムチェンジ】

私自身は歯科の臨床の変化を小さな変化の繰り返しと捉えていたが
昨日の話では、そんな小さな変化ではなくて
大きく劇的に変化しているらしい!!

それが「パラダイムシフト」だ。


大きな劇的な変化?

価値観の転換?

まさしく昨日の講演会は、私の意識の中で
大きなパラダイムシフトを起こしたのではないだろうか?

折角のご縁に感謝!!

私はこの3名から、k、これからも継続して
エンドとインプラントと歯周外科と補綴の
エッセンスを学びたい!!


投稿者 nakano : 21:16 | コメント (0)

2008年05月06日

サンフランシスコ ロスアンジェルス

5月1日、岡山空港発11時のJAL便で羽田へと飛ぶ。

シンガポールの気温の高さと室温の低さのギャップにすっかりと
風邪を引いてしまった私は薬の山をバッグに入れていた。
羽田空港でばったりと、いつもお世話になっている美人社長のAさんと
美人受付秘書のBさんに出会う。
ご縁に感謝しながら空港でランチとなった。
乾杯の一杯だけのつもりのビールが2杯、3杯となって
お店を出るころの私はすっかりと茹蛸(ゆでだこ)状態に仕上がっていた。
(しまった!私は風邪を引いているんだった!!)
真昼間の羽田空港ですっかりと出来上がった私は恥ずかしさを感じながらも
リムジンバスで成田空港へ移動した。
(いつも感じるのは成田空港のアクセスの悪さ!羽田からのアクセスの悪さ!!
このままではアジアのハブ空港は他の国に必ず持っていかれる)

無事に成田へ着き、チェックインを終えて、サンフランシスコ行き全日空008便が出発した。成田からサンフランシスコまでの飛行時間は9時間と少し。
時差を克服するためには、なるべく早めに機内で眠ることが一番だ。
今回の旅の目的はいくつもあるが、現地滞在は賞味3日間!最初の到着日が一番ハードで一番重要な1日!風邪を機内で治して現地で本番に臨みたい!
サンフランシスコ到着の2時間前から朝食の機内サービスが始まる。
成田を出発して30分ほど過ぎると夕食の機内サービスが始まる。
夕食と朝食で2時間2時間使うと睡眠時間は9−4の5時間しかない!
夕食は軽めに採って早めに就寝したい!
先日のカンボジア旅行から、食べ物の大切さを改めて感じた私は、例え機内食でも食べ物を無駄にはしたくない!風邪でしんどい中、夕食は完食!
早めに就寝しようと思う私に思わぬ邪魔が入る。
機内の映画のプログラムに「HERO」を見つける。
このHEROは先日のシンガポールからの全日空便で途中でぶちっと切られた映画だ。
気になって気になって仕方がないので、最後まで見る。
機内は乾燥しているので鼻水は止まったが、なぜか体中に嫌な汗をかく。

サンフランシスコ国際空港まであと数時間!
果たして睡眠時間は何時間確保できるのか?

サンフランシスコ国際空港へは定刻とおり到着した。
しかしこの定刻をなぜか私はサマータイムとウインタータイムで間違えていたのか?
私の手帳には到着が朝の9時10分と書かれていた。
しかしNH008便は定刻の10時30分に到着した。
私はサンフランシスコのダウンタウンのホテルで11時45分に待ち合わせをしていた。
9時10分到着なら十分間に合う時間だが、間に合うのか?
入国審査の長い列に並び、機内に預けていた荷物を取り出し、タクシーを拾って
ダウンタウンのパレスホテルへと向かった。
道が空いていたのが良かったのか?待ち合わせには遅れないでホテルへと到着!
サンフランシスコは2年ぶり!バンクーバーが開催されたアメリカ審美歯科学会に
参加するためにここで乗り継いだ以来だ。

サンフランシスコ在住のAさんは、アメリカと日本にいくつもの会社を持っている経営者!ニューヨーク出身のAさんはアメリカ人ながら、流暢な日本語もOKだ。
私の英語とAさんの日本語のスキルを天秤にかけて、ほとんど日本語での会話となった。
サブプライム問題でさぞかしアメリカの経済の根底は揺れているのかと思っていたが
そうでもないらしい。
実際の不動産価格もサンフランシスコ全体では1%から3%の下落に過ぎず、最近の東京の地価の下落に比較しても微々たる影響でしかなかった。
A氏からビジネスシキルの根底に流れるものをレクチャーしてもらいながら
その上にサンフランシスコ有数のシーフードレストランで豪華なランチまでご馳走になった。
私が感じたこと。
@ アメリカ人の暮らしは本当に豊かである。どんな広い家に住んで、どれほど豊かな生活を行っているか?日本人の感覚では決してつかめない。貧富の差が激しい国とはいえ、これはアメリカの富裕層だけではなく、一般の人も本当に日本人より物質的にも時間的にも豊かな生活を送っている。お金と時間の使い方が上手なのだろうか?
A とは言っても、忙しいアメリカのビジネスマンの労働時間は以外に長い。経営者になってもビジネスを立ち上げてそのビジネスが軌道に乗るまでは、かなりの長時間労働を強いられている。
B アメリカは双子の借金を抱えていて、その上に今のサブプライム問題、大統領選を迎えて、今後2、3年間はドルが大きく下落して、経済力も落ち込む可能性が高い、しかし日本の状況はもっと悪い。今後15年間、日本の経済力が日本の円が復活する材料はどこにもない。ぬるま湯漬かりながら、ゆっくりとゆっくりと下落を続ける。
私たち、日本の歯科医師がこれから進むべく道は?果たして??
A氏と別れた後、私はアポイントを取っていた歯科医院に向かった。

B先生のオフィスは私が宿泊していたパレスホテルから歩いてゆける距離にあり、
サンフランシスコのダウンタウンの中心ユニオンスクエアの近くの都市型歯科医院だった。
大きなビルの24階にその歯科医院はあった。
アメリカの歯科医院は、専門性が進んでいて、日本の歯科医院のようにジェネラルな何でも行う歯科医院の上のランクに専門の歯科医院が存在する。
一般歯科医師より専門歯科医師は1.5倍の年収を稼ぎ、専門歯科医師となると平均でも日本の一般歯科医師の数倍の年収だと聞いた。
(完全週休二日で、労働時間も午後の5時には全てが終了する!)
B先生はインプラントではとても有名な先生で、来週もイタリアで開催される学会でスピーカーとして発表されると言われていた。
B先生のオフィスはビルの24階にあり、看板は小さすぎて見つけることが困難だった。
B先生は口腔外科の専門医として、インプラントのオペと親知らずの抜歯などを専門的に行っていた。ほとんどの患者さんが一般歯科医師よりの紹介なので看板もホームぺージも最低でいいと言われていた。
待合室にはインプラントの説明用のDVDが繰り返し、繰り返し流れていた。
初対面の日本からの私をB先生は大きな握手と大きなスマイルで迎えてくれて
午後の診療の最後まで時間に渡り、私を横に付けてもらって説明しながら
インプラントのオペを進めた。半日で10数名もの患者さんの横で学ばせてもらった。
色々と驚くことが多かったのだが、ここの診療室の患者さんに特有なのか?それともアメリカでは当たり前なのか?奥歯の被せはほとんど100%セラミックのメタルボンドだった。日本のような銀歯は1本も見ることがなかった。
また歯を失うかたは多いのだが、ブリッジや入れ歯が極端に少なく、1本失った場合は単独植立のインプラント。
全ての歯を失った方には、オールオンフォーと言う4本のみで全てを支えるインプラントがほとんどだった。
また親知らずの抜歯は例え4本全て骨に埋まっていようがわずか1時間のアポで4本とも抜いていた。
私がなぜ一気に4本全て抜くんですか?と質問すると、あなたはなぜ4回も患者さんに術後の痛みを与えるのですか?と逆に質問された。
診療が終わり、私のために少し残ってもらって、「何でも質問して下さい!」と言われる。
本当にありがたく思っていると、「せっかくの日本からの友人のために、本当は一緒にディナーを食べたいのだが、今日は妻の父親の90回目のバースディパーティがあるんで、申し訳ない!」と頭を下げられる。
最後の最後にB先生が出版されているインプラントの本にサインを頂いて診療室を後にした。
今回の旅で私が一恐れていたのが、一人ぼっちで食事をすること!
一人では寂しいし、アメリカの食事はポーションが多いので、複数で取り分けるのが理にかなっている。ホテルの周りを探し回って、近くの中華料理店でテイクアウトが出来るのを知って、チャーハンと酢豚をテイクアウトする。
私はアメリカでチャーハンをずっとテイクオウトして食べたいとずっと思っていた。
アメリカのテイクアウトのチャーハンは、縦に長い紙の容器に入っている。
冷めないように早足でホテルの部屋に戻る。
チャーハンは期待以上の味でうれしく思った。
酢豚を頼んだつもりが、出てきたものは冷たいスペアリブだった。
チャーハンも冷えたスペアリブもアメリカナイズされた中華ではあるが
以外に味はいけた。
でもやはり量が多すぎて半分食べたところでギブアップした。
明日は早朝からロスへと移動する。


サンフランシスコのパレスホテルは便利な立地にあって、目の前がすぐ地下鉄の駅である。
今回は一人旅で荷物も少ないので、帰りは空港までは地下鉄を利用することになった。
タクシーなら40ドル、地下鉄なら5ドルと激安である。
早めに空港へついたつもりが、セキュリティが大混雑でゲートに着いたのはギリギリの時間になっていた。
アメリカは飛行機の価格がとても安い!今回利用したユナイテッド航空はサンフランシスコからロスまで片道3500円ほどの料金だった。
日本で大阪から東京まで3500円で果たして行けるか?絶対ムリだ。
(日本の航空運賃も、グローバルな波に乗らないと、いつかは外資に食われる。)

ロスの空港に到着してハーツレンタカーへとバスで向かう。
サンフランシスコとロスの一番大きな違いはその街の広さだろう!
ロスは果てしなく広い!いちいちタクシーを利用していたら
あっという間に有り金を全て使ってしまう!だからレンタカーが一番便利だ。

今回の旅では小さなトラブルが出てきたのだが、その1つは携帯電話のトラブルだ。
成田空港で充電池まで仕込んでいった私の海外携帯は、なぜかアメリカではいつまでも圏外のままで、無駄な小さな箱を貸してしまった。

部屋に荷物を置いて、見学先の歯科医院に向かおうと思っていたら、チェックインがすぐに出来ないらしく、ロスで食事の約束をしていたCさんに電話をするのがなかなか出来なかった。コリアタウンのH先生の診療室は3年前にセミナーで伺った。
今回はまずはH先生の診療室を見学する予定だった。
チェックインまでに時間があるので、H先生の診療室まで車を飛ばして、場所を確認した。
3年前の記憶だけに頼っていた私だが、鼻が利くというか?広いロスで自分で車を運転してH先生のオフィスを探し当てた。
しかしコリアタウンはますます凄いことになっている。
大きなビルが新しく立ち並び、ハングルの看板は一層に増えている。
凄い!コリアンパワー!!
H先生の診療室の近くの韓国料理やは在米韓国人のお客さんで昼間とはいえ、大繁盛していた。ここでは韓国語が飛び交い、キムチの小皿も飛び交っていた。
「私は、今いったい、どこにいるんだろう?」
辛い冷麺で口の中を真っ赤にしながら私は独り言を呟いた。

今回のロスのホテル選びは難航した。
ビバリーヒルズのペニンシュラやビバリーヒルズホテル等の高級ホテルは、円高とはいえ、1泊60000円以上する。仕事での利用で、それも一人のため、そこまでお金を掛けるわけには行かない。ウエストハリウッドに歴史のある面白いホテルを見つけた。
それがサンセットタワーホテルだった。
ウエストハリウッドはハリウッドの西の地区になるが、サンセット通り沿いには、有名なナイトクラブが立ち並び、ハリウッドスターやセレブが夜遊びする街だと聞いた。
ブリトニースピアーズやヒルトン姉妹に会えるかもしれない。
よこしまな理由でホテルを決めた。

ホテルにチェックインして、Cさんにホテルの電話からやっと連絡がついた。
「今日の午後のロスでのH先生の歯科医院の見学先は無理」だったらしい。
今日はH先生が診療室に出ない日であるし、どうして本人が直接電話してこない!と
怒られたらしい!
電話で英語で用件をきちんと伝える自信が私にはなかったので、代理の電話をお願いしたのだが、失礼なことをしてしまい、双方に迷惑をかけたようで、申し訳なく思った。
大切なことは自分で責任を持って行動しないといけない!と肝に銘じた。

午後の時間が空いたので、Cさんとの夕食の約束の時間まで、ホテルのスパとプールでのんびりと過ごす!最近ハリウッドでは大のスパブームで至る所にスパが出来ている。
ホテルのスパはヘアサロンの運営だったが、ブロンド美人のDさんのマッサージはファーストタッチで、素人の域を出ないことがわかり、120ドルを無駄にしてしまった。
その後、プールへ行くも、白人のゲストの冷たい視線は私には痛かった。

このホテルでは日本人の姿はもちろん、黒人のゲストの姿も、有色人種のゲストの姿は1人も見られない、ヒスパニッシュ系の多くの人が肉体労働で裏方で働いていた。
何となく大きな人種差別のピラミッドを感じる。

夜の7時の約束の時間通りにB氏はホテルに現れた。
B氏の車で知り合いの日本料理の店へと向かう。
B氏は10年前にロスに来た。その時は知り合いは一人もいなく、英会話もろくに出来なかったという。そこからロスで起業して、今では幾つものビジネスをロスと日本で展開していて、幾つもの会社を所有している。
バレーパーキングに預けていたBMWの車種が、B氏のアメリカでの成功を物語っていた。
B氏とお会いするのは2度目だが、自信のある風貌と、柔らかなその物腰は、私のシドニー在住の友人T氏を彷彿させる。
海外に着の身着のまま飛び込んで、成功されている日本人には、いくつもの共通点があった。

B氏はアメリカの歯科事情にも詳しく、数時間の話の中で私は多くのヒントを手帳に書き込んだ。良い悪いは別にして、私は日本はアメリカの数年後を進んでいる気がしている。特に歯科医療は、アメリカで3年前に起こった波が3年後に日本に訪れる。
アメリカから学ぶべき点は多い。

B氏と別れてホテルへと帰った私だが、翌日の最終日の予定が全くの白紙になってしまった。今回の大きなミスの原因は他力本願であったこと。英会話に自信がないので人任せにしたことにあることは間違いない。
ここはやはり自分で動かないと!ありがたいことにパソコンを日本から持参していた。
このサンセットタワーホテルは無料でハイスピードのインターネットが利用できる。

深夜までロスの、それもビバリーヒルズ有名な歯科医院の検索は続いた。

そして、深夜1時を回って、遂に見つけた!

ビバリーヒルズのロデオドライブの中にあるバブリーな雰囲気の歯科医院。
ホームーページではブリトニースピアーズもチャーリーシーンもそのクリニックの患者だと院長とハリウッドスターの多くの写真が掲載されていた。

ここだ!私が求めていたものは!!

翌朝一番に見学依頼の電話をしよう!目標は絶対叶うはずだ。
しかし、深夜1時を回ってのこのホテルの周りの喧騒ぶりはあきれ返る。
周囲にナイトクラブが立ち並ぶ立地なので仕方がないのだが、深夜まで奇声とバイクや車のエンジンを吹かす音と、パトカーのサイレンが響き渡り、神経質?な私は
なかなか寝付くことが出来ない!

明日も本気で頑張ろう!自分にそう言い聞かせて何とかベッドに潜り込んだ。

6時過ぎに起きて作戦会議、子供の和英辞書の力を借りて、電話で見学をお願いする文章をあらかじめ作成する。
見学するを和英で引いても載っていない!PCの翻訳ソフトで何とか文章を作成する。
アメリカの歯科医院は朝が早く、ほとんどの歯科医院で朝8時から診療が始まる。
その分、夜は早く、夕方5時や、曜日によっては夕方4時で診療は終わる。
8時になるのを待って、歯科医院に電話する。
何度かの呼び出し音の後、女性が電話口に出た。
文章を考えていたので、スラスラと話が進む。
「わかりました!でも今日はクリニックはお休みです!」

想定外の答えが女性の口から出た!
「エッ!お休み?」
「はい、土曜日はお休みです。この電話は秘書サービスに転送されています。」

迂闊だった!曜日の感覚を忘れていた。金曜日と思っていた今日はロスは土曜日だった。
それから幾つものクリニックに電話するも全て全滅!

ロスでの歯科医院見学はこれでゲームーオーバー!!
予定が無くなった私は、コリアタウンでタイ式マッサージを受けて、食事もタイ料理の店にいた。「サワディカップ!」私のタイ語の挨拶は英語より、慣れ親しんでいた。

私は一体どこにいて、一体何をしているのだろうか?

投稿者 nakano : 11:20 | コメント (0)

2008年04月25日

オゾンで虫歯治療

昨日、免許センターでたまたま出あった
当院の患者様から、うれしい言葉を頂いた。

「なかの歯科のスタッフは、皆明るくて謙虚ですね!」

私が声をお掛けして、免許の待ち時間に話が進んだのだが
こんな場面での患者様からの話は、私にとっても、当院にとっても
大きなヒントが隠されている。

私が、いつから色々な場所で、当院の患者様に声を掛けてるのか?

「いつから?」
「それは昨日から!」

「理由は?」
「それも何となく!!」

今日は数件、問い合わせの電話が相次いだ。

その問い合わせとは?
「ヒールオゾンを使った虫歯治療について?」

先日、全国ネットのテレビ放送で、オゾンを使った全く痛くなく、削らないで良い
虫歯治療が紹介されたらしい!

そのオゾンを使った虫歯治療は、ドイツのカボが出している
「ヒールオゾン」と言う機械であろう。

昨年から発売された「ヒールオゾン」は今年のモデルになり
かなり素晴らしい効果が期待できると誰からか聞いたことがある。

しかしこの機械、日本の厚生労働省の認可は受けておらず
1台200万円から300万円もするお高い機械なので、当院にはまだ無い!

また、オゾンで虫歯を殺菌して詰めるだけで、痛くなく虫歯の治療が出来る
範囲は限られていて、恐らく適応は虫歯全体の5%に過ぎないと予想される。

また私達も、経営者でもあるので、闇雲に設備投資は出来ない。

保険診療なら1本1500円で出来る虫歯の治療費が
1本10000円になってしまうのは、仕方がないことである。


問い合わせの電話の質問は続いた。

Q:「レーザーで歯を削らないで虫歯の治療が出来ると聞きましたが!」

A:「エルビウムヤグレーザーを使えば痛みが少ない虫歯の治療が可能ですが
レーザーで虫歯を蒸散させるので、全く無痛ではありません。
エルビウムヤグレーザーの虫歯治療はこの4月から保険に入りましたので
高い負担はなしで虫歯が治せます!」

Q:「カリソルブと言う薬を使えば、痛みなく、ドリルなく虫歯が治せると聞いたのですが?」

A:「カリソルブは当院でも使っていますが、薬を虫歯に塗って溶かして器具で削り取る
治療法です。全く無痛でできますが保険は効かないので1本10000円程度の負担がかかります!」


質問は果てしなく続いた。

しかし専門的な質問を一般の方がされる時代となった。

一般的な質問なら当院の受付スタッフで十対応可能なのだが
最近の問い合わせは、常識の範囲を超えてかなりマニアックな質問が続く。

歯医者オタクな方が、歯医者オタクな私に質問する!

その質問は、勉強不足な歯医者には決して答えられないような内容に!!

インターネットの出現で歯科の情報も氾濫している。

しかし歯科の治療だけに限定しても、間違った、勘違いした情報が
余りにも多いのは、いったい誰が修正するのであろうか?

視聴者の興味や関心だけを煽るような、マスコミの取り上げ方も
一因があると思うのは私だけであろうか?

投稿者 nakano : 22:10 | コメント (0)

2008年04月24日

歯科医療はサービス業か?

今朝はテレビ局の方が
当院に来院されて取材となった。

「子育て探検隊」と言う番組の中で
年齢別の子供の虫歯予防について
朝から本気で語った。

私の今年の目標の1つに、新規で「新聞やテレビに3回取材される」
があるが、4月半ばで早くも目標達成!!

しかし、後から考えると、熱く語りすぎて
取材中に笑顔が無かったことに気づいた。

まだまだ未熟者の私である。


今日の歯科衛生士学校の講義は、私は準備に準備を重ねた。

先週の講義の中で、パソコンによるスライドが続く場面があった。
内容は大切だが、面白くないスライドが続いた。

その場面で、あきらかに数名の学生さんの瞳が閉じて行き、
レム睡眠に入る学生さんの姿も目に入った。


そんな状態に陥っても、一通りの講義の準備しかしていなかった私には
そのまま講義を進めるしか、他になす術がなかった。

それなので、今回は90分の講義を15分毎に6コマに分割した。
面白そうな話題を中に入れ込んで、眠りを誘いそうな場面が来ると
そこを早送りして、次の話題へとさっと転じて、興味を惹きつけて
飽きさせないように話を続けた。

今日の面白そうな話題は「歯科サービス業について!」だった・

歯科医療がサービス業であるかどうかは?賛否両論あるし、
医療は医療であって決してサービスではないと言う根強い考え方もある。

当院のミーティングでも過去何度もこの点ではスタッフとぶつかった。
歯科衛生士専門職で勤務経験が長いスタッフほど、
私が話す「歯科医療サービス業説」に反感を持った。

私はどんな職業も、基本的にサービス業だと考えている。

警察のお仕事も、宅配便のお仕事も、サラリーマンのお仕事も
OLさんのお仕事も、誰か他の人に対するサービス業だと考えている。

だから歯科医院でもレベルの高い歯科治療はもちろんのこと
レベルの高い歯科医療サービスを提供するのは、
当たり前だのクラッカー(古い!!)と考えている。

今行われている歯科医療サービスを話した上で、学生さんには
「自分が患者さんになったときに、受けてみたい
歯科医療サービスを考えましょう!」
とグループディスカッションをした。

18歳から○○歳の女性が考えた歯科医院のサービスとは?

「男性は必ずいい男、イケメン歯科医院」
「治療中にネールサービスやマッサージを受けられて、治療後にヘアをセットしてくれる」
「ドリンクバーが待合室にあり、歯とカラダに良い飲み物が自由に飲める」
「焼き芋大会などのイベントを行っている」
「通院回数によってポイントがたまり、グッズがもらえる」
「自分のオリジナルの歯ブラシを作る事ができる」
「ご主人様、お帰りなさいませ!と出迎えるメイド歯科医院」
「待合室にパウダール-ムがあり、化粧品のサンプルが使用できる」
「子犬とじゃれあえるスペースがある」
「足湯や足ツボマッサージが受けられる」
「メール配信サービスがある」
「ネットから気軽に予約ができる」
「治療中に好きな音楽が聞けたり、好きなDVDが見られる」

学生さんには、ありえないこと結構!常識に囚われないで好きな事を
発表して!とお願いしたのだが、出るわ出るわ!さすがに若いパワーは違う!

私もメモを取る手が止まらない!!

しかしこれはビジネスになるんじゃない?

「こんな歯科医院があれば、行ってみたい!」
「こんな歯科サービスを受けてみたい!!」

どんな事を言っても決して馬鹿にしたり否定をしない!
そんな自由な雰囲気の中でグループで話をしてゆくと、
一人では決して思いつかないアイデアがふと浮かんでくるものだ!

こう言った「ブレーンストーミング」は、その場の空気と同調して
思わぬアイデアを呼び込んでくれる。

ドリンクバーなんて、いいんじゃない!


イケメン歯科医院は??

う−−−−ん!!うちじゃ無理???


投稿者 nakano : 18:07 | コメント (0)

2008年04月22日

入れ歯勉強会

テレビ局から取材の電話が入る!

最初は何か営業の電話か?と
すぐに電話には出ないで、
「用件を聞いてみて!」と軽くいなした私。

「テレビの取材の依頼です!」との
受付スタッフの一言に、手のひらを返したように
「お待たせしました!院長の中野です!!」と
満面の笑顔で電話に向かう。

変わり身の速さは天下一品!!
でもテレビの取材には全面的に協力する歯医者がこの私!!

診療が終わり、新しいドクターの羽田野先生を含めて
ドクター4名でS歯科に向かった。

今日は私達が所属する歯科医師のスタディグループ「クラブS」の
毎月の月例会の日だった。

今日の担当はN先生!N先生は長崎大学歯学部を卒業後
岡山大学歯学部の第2補綴科で学位を取られた。

そのS先生の今日の話は「吸着する入れ歯の作り方」

入れ歯を吸盤が付いたように顎の土手に吸着させることは
とても難しい!

特に困難を極めるのが、下顎の土手が痩せてペラペラになった状態。

そんな超難症例の入れ歯を、S先生はいとも簡単にピチャッと吸着させる。
そのテクニックを動画を含んだプレゼンテーションで示される。


「凄い!下顎の入れ歯がビッチャーと吸着していて、
ちょっとやそっと引っ張った位では外れない!!」

そのS式総入れ歯テクニックの真髄を、今日は2時間みっちりと教えてもらう。

私はS先生とは違う医局ながら岡山大学歯学部の第1補綴科に4年間
在籍していた。

そのためか?当院でも開業当初から総入れ歯の患者様は多い!
また最近ではBPSと言う超精密入れ歯を臨床に導入したので
「超精密入れ歯」を指名されて来院される方も多い。

決して値段も安くない「超精密入れ歯」だが今年に入ってからは
毎月コンスタントに5名程度の患者様からオーダーが入る。

その「超精密入れ歯」も上顎はもちろん下顎の吸着を求める。
今日の話はそんな私にはとても役に立つ話だった。

昨年まで忙しさにかまけて、スタディグループの例会出席が悪かった
私だが、今日から心を入れ替える。

「S先生、この4月からは生まれ変わったように頑張りますから
今後ともぜひよろしくお願いします!」

そう挨拶して私は会場を後にした!!


投稿者 nakano : 23:28 | コメント (0)

2008年04月21日

歯科医院見学

先日セミナーでご一緒させてもらった
アップビートバルーンのK社長より
サプライズなバルーンギフトが当院へ届く!!

可愛いバルーンにスタッフは大喜び!
でもK社長をはじめ、素晴らしい経営者の方は、
いつも相手をどうやって喜ばせるか?
それだけを常に考えている。

私はどうすれば、当院の患者様に今まで以上に喜んで頂けるのだろう?
その答えを常に考え続けることが、歯科医院の院長の仕事だ。

今日の月曜日は当院のタッフの数名は、午前中と午後の交代で
ある歯科医院の見学にお邪魔した。

見学に行くスタッフの1人からは
「院長!○○先生にきちんとご挨拶のメールをお願いします!」と念を押された。

昨日メールが遅れないので今朝一番に医院に電話をした。
「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします!」と挨拶をすると
「もう大盛り上がりしていますよ!」と言われた。

大盛り上がりとは、いい面での言葉か?悪い面での言葉か?と少し不安に
思いながらも、当院のスタッフを信じて大きな成長を終えて帰ってくることを期待した。


自分以外の歯科医院を見学に行くことは、スタッフにとっては、
そう何度もチャンスがある訳ではない。

見学先の歯科医院に、色々とご迷惑をお掛けするのは避けられない事実。

また当院も昔はある程度、他の歯科医院の先生やスタッフの見学を
受け入れてはいたのだが、度々トラブルがあったことも事実である。

「いきなり見学に来たある歯科医師の先生は、見学はそこそこしかしないで
当院の受付等の引き出しを勝手に開けて、印刷物などの資料を断りもなしに
ごっそりと持ち帰った。」

「熱い院長先生に無理やり引き連れられてきたあるスタッフは
見学中もやる気の無さを出しまくって、患者様から顰蹙を買った。」

「ある歯科医師の先生は、歯科治療恐怖症のメンタルで大きな不安を抱える
患者様の治療を、奥からいきなり覗き込んで、大きなクレームとなった。」

開いた口が塞がらない!そんな見学者が過去数名いた事は事実である。
そのために当院はある時から、ほとんどの見学者をお断りするようになった。

それなので、私からのお願いとはいえ、本当は患者様に迷惑をお掛けするので
見学は断りたい!という気持ちが本音かもしれない。

そんな当院のスタッフを受け入れてくれたA先生に感謝!!

スタッフが本日の見学を糧に、大きな成長をすることを私は心の底から願う!!

スタッフも慣れない初めての診療室で戸惑った事だと思う。
本当は見学には行きたくないかもしれない!

それを半分は院長の命令で仕事の一環として渋々受け入れたのかもしれない!

でもね!歯科医院で働くスタッフは、結果を出している他の歯科医院の見学をして
いい面を真似る事が一番早く成長できる方法なのは間違いないことなんだ!!

何て慣れない標準語で熱く独り言を言う私!!

大丈夫!君達だけに見学で緊張させることは決してさせない!
私が院長として、歯科医院の代表者として、ここはきっちりと
「正しい歯科医院の見学の仕方!」の作法を見せてあげよう!
私も他の歯科医院に飛び込んで緊張しながら見学したい!!

そう思った私は、見学依頼の文章を慣れない英文で書き綴る。

今のところ、見学OKの返事は1件も無い!!

でも強く念ずると必ず思いは叶うことを、私は知っている!!!

投稿者 nakano : 23:05 | コメント (0)

2008年04月18日

岡山大学でインプラントセミナー

新聞社の記者の方か
メールで連絡が入る。

取材を受けた件がいよいよ記事になりそうな
気配が濃厚!!

テレビ、ラジオの次は、新聞!!
頑張って多くの人に幸せを届けたい!


昨日の木曜日は衛生士学校での90分の講義の後、
急いでテレビのスタジオに直行!テレビの後はラジオの打ち合わせ!

そしてその後は急いで大学へ移動して、昨日から始まった
インプラントセミナーの講義を90分受講した。

岡山大学歯学部は日本口腔インプラント学会が認可する
岡山県で唯一の研修期間!

そこでインプラント認定医、指導医を目指しての
インプラントセミナーが始まったのだ。

集まった顔ぶれは多彩!大学の若い医局員の先生から、私達のような「おじ様」の歯科医師
また歯科技工士、歯科衛生士さんの姿も見られた。

今日の第1回の記念すべき講義は
私が尊敬してやまないK教授の講義だった。

私は岡山大学歯学部を2期生として卒業したが
学生時代から唯一の先輩である1期生の先生方からは
多大なる支援と影響を受けた。

1期生となると先輩は一人もいなくフロンティア精神を持った
アウトローな先輩も多かったように思う。

そんな2期生の私がこの先輩は絶対追い越すことが出来ないと
心から尊敬して慕う先輩が3名いる。

1人目が、岡山市の表町で歯科医院を開設しているS先生!
S先生はスタディグループでもご一緒させて頂いているが
その診療のスマートさとカッコよさは岡山で間違いなく1番であろう。

2人目は、親分肌のK先生!
私は5年前にK先生から本を読むことの重要性を教えてもらっていなければ
今の私はいない!
岡山市歯科医師会の理事を私が努めさせて貰ったときも、大きな影響を受けた。

3人目が、岡山大学歯学部教授のK先生
私が大学を卒業して医局に入局したときの1つ先輩でもある。
そのためにK教授が昔から私達が遊んでいる時もどれほど勉強していたか?
どれだけの努力に裏打ちされて今の地位があるのか
私はよく理解しているつもりだ。

K教授の理路整然と講義をされる姿には、今や風格さえ漂よう。

そのK教授のインプラントの話はコンパクトにまとめられていながら
要所、要所をきちんと押さえられていてK教授の底力を感じる。


私は既に45歳となり、このグループでは上から2番目の年長者であるが
(一番年上はK教授!)本気でこの教室で学びたいと思った。

学生時代、私は勉強が余り好きではなかった。

しかし要領の良さは天下一品!また本番になぜかめっぽう強い性格の私は
「運」と「愛嬌」だけで余り勉強しないまま、卒業して歯科医師となった。

あの頃の勉強は上から強引に押し付けられるような勉強であった。
だから反発して身に付かなかった。

しかし今は違う!
心の奥底から学びたい気持ちに溢れ、学ぶことの出来る環境に
身を置けることが本当に楽しいしうれしい!!

K教授の話を大学の講義室に座って聞きながら、私は学ぶことの楽しさをヒシヒシと感じていた!


でもK教授!これだけの内容のセミナー、本当に無料でいいの??

数十万払っても全く惜しくない凄い価値があるように思いますが!

投稿者 nakano : 21:21 | コメント (0)

2008年04月17日

身長200cm

木曜の今日の
スケジュールは分刻み!

ほぼ90%目標は達成するも
時間足らずで国際免許証の書き換えと
デオデオでのセミナー用のスピーカーの
購入は未実施!!

しかし多くの先輩が私のために
わざわざ急がしい中、時間を取ってくださり
アドバイスを頂けるこの状況に心から感謝!


先週が初めて、今週が2回目となる歯科衛生士学校の歯科臨床概論の講義があった。

先週の学生さんからの話と、各々の目標を書いた用紙の内容で、
従来より話を大幅に変更したのだが、その変更が裏目に出たのか?
授業中に眠る学生が続出!

90分間学生さんに絶対眠気を感じさせない講義が
モットーの私は、自分の力不足を実感する。

来週は絶対誰も寝させない!!

講義の後は講義後のコーヒーをキャンセルしてRSKテレビのスタジオに直行した。

今日は毎月1度のレギュラーのRSKテレビの看板番組「イブニングDonDon」
の生放送の日だった。

生放送にも最近では全く緊張しなくなった鈍感な自分自身が嫌だ!!


しかしテレビの反響は凄いので、準備は半端でなく
時間とパワーを費やして、なるべく視聴者の方に喜んでもらえる
歯科の情報提供に努める。

本日のお題は「審美歯科治療」について!
セラミックの話を中心に進める。

気合を入れて勝負ネクタイのブルガリの真っ赤なネクタイと締めて望んだ
今回のDonDonだったが、上には上がいた。

私の横に座ったY社長はエルメスの真っ赤なネクタイ上にカシミヤの
真っ赤やカーディガンを羽織られていた。

赤の面積で私はあっけなく敗退!!

セラミック治療、審美歯科治療は、私がいわば「おはこ」とする内容なので
リハーサルばっちり!後は本番のみとなったのだが
ここで本日のゲスト登場となった。

あのバレーボールでバルセロナオリンピックで活躍された
南選手が今日のスペシャルゲストだった。

南選手が昨日現役選手を引退された事は新聞の記事で読んでいた。

その南選手が目の前に現れたときは、私は思わず名刺を差し出して
自己紹介して、握手を求めた。

しかし南選手の身長は果てしなく高かった。

身長は200cm!何と2メートル!!

履歴書には170cmと自分の身長を書く私だが
実はここだけの話だが2cmほど「さば」をよんでいる。

そんな私が南選手の横に立つと
本当にこれが同じ人間の遺伝子から作られたものかと悲しくなる。

南選手は身長は高く、頭は小さく、足は長く、その上にカラダは細かった。

オリンピックに出ることの出来る人間なんて相当に運動神経が優れているだけでなく
「運」と「ツキ」も必ず身に付けている。

しかし初対面で話をさせてもらった南選手は
それ以外に「謙虚さ」と言う武器を身に付けていた。

どうして凄い結果を出す人は皆謙虚なんだろう?


最後に記念撮影に応じてくれた南選手の足の長さは
優に私の1,5倍はあった。


同じ人間と言う生き物だよね!!


 

投稿者 nakano : 22:30 | コメント (0)

2008年04月15日

訪問歯科診療

あの大企業から講演のオファーが?

私に??

今日来院されたインプラントの会社の方からも
私の講演について詳しく質問された。

また同じ日に出版社から印税報告書が私に届いた。

印税と講演会の講演料だけで食べてゆける日が来るのだろうか?

何て取らぬ狸の皮算用などをしていると、私が尊敬する渡邉美樹さんは
印税も講演料も全てカンボジアに寄付されていることを思い出した。

人間の大きさが違うのか?器が違うのか??ステージが違うのか???

渡邉美樹さんにあって私にないものは?いったい何??

欲(よく)???

今日の昼休みに私はスタッフが準備してくれた3つの大きな
荷物を抱えて当院から車で15分ほどのAさんのお宅に伺った。

Aさんのご主人から
「最近妻の食事をするスピードが凄く遅い。
どうも入れ歯の具合が悪いらしい!」と電話がかかったからだ。

Aさんの入れ歯がこの私が4年前に同じくお宅にお邪魔して作らせていただいたものだ。

Aさんは若いときからの持病で、車椅子での生活を余儀なくされていたのだが
5年前、大きな病気を併発したために、全く口から物を食べる事ができなくなっていた。

私が最初お宅にお邪魔した時は、ベッド上で起き上がる事すらできずに
Aさんは「胃ろう」と言って直接胃に穴を開けて栄養をチューブで送り込んでいた。

私や衛生士の問いかけにも、ほとんど反応をすることはなかった。

以前別の患者様でベッド上でほとんど反応がなかった方の
入れ歯を作ったとき、入れ歯をいれた翌週にその方が
庭を散歩される状況を見て、入れ歯の噛み合わせがどれだけ大切かを
痛感した私なので、その時も半信半疑ながら一生懸命ご自宅で
入れ歯を作成した。

Aさんの入れ歯は優秀な歯科技工士のバックアップもあって
最初からバチッと合うことができて、数ヶ月には
Aさんの胃から胃ろうのチュ-ブが抜かれて、口から100%物を食べる生活を
Aさんは取り戻すことになった。

その思い入れの深いAさんの入れ歯の修理のために、今日はお宅に伺った。

いつも感心させてもらうのはAさんのご主人の献身的な介護ぶり!

いつか聞かせてもらった事があったのだが
介護保険などない昔からずっと、Aさんは奥様の介護をされている。

下の世話から、食事の世話はもちろん、着替えまで全てがAさんの仕事だ。
奥様の介護のために定年より早く仕事を退職したとも伺った。

いやはや凄く深い愛情が本当にうらやましい。

私の妻が年若くして病気で介護が必要になったなら?

私はAさんと同じように例え自分の仕事の量を減らしても
大切な妻の介護に生きてゆくのか?

それともどこかの施設に押し付けて、若い女性に走るのか?

答えはもちろん前者だよな?と考えながらAさんのお宅の外に出てみると
4月らしい春のポカポカとした暖かい陽気が遠くまで漂っていた。

何か久しぶりに春を感じた今日
私は何となく幸せだった!!

投稿者 nakano : 22:03 | コメント (0)

2008年04月14日

ホリスティックコミュニケーション

土曜日は岡山政経塾の懇親会
日曜日はセミナーの懇親会
今日の月曜日は岡山大学歯学部教授会懇親会

懇親会3レンチャンで、飲みなれない私の
食欲中枢はアルコールで麻痺されてぶっ壊れた。

まずいな!この体重。
カンボジアで折角痩せた体重がアッと言う間に!!!

あっという間に!!!!


昨日の日曜日は佐藤ミカ先生のコミュニケーションセミナーに参加した。

私達、歯科医師は患者様と良好なコミュニケーションを取る事は
もちろん医院のスタッフとも良好なコミュニニケーションを取らないといけない。

しかし基本的に私はコミュニケーション下手だ。
自分自身に殻を作り、心を開くこと、弱みを相手に見せる事が苦手だ。

そのためにプロからコミュニケーションを学びたいと参加を決意した。

佐藤先生の「ホリスティックコミュニケーションセミナー」は
コーチングのテクニックにスピリチュアルをプラスした感じ!!

私は以前電話でプロのコーチからコーチングを数ヶ月受けていた事がある。

家族にさえ話せないような深刻な悩みを、電話でコーチに打ち明けるまでは
かなり時間が掛かってしまったが、今でも覚えていることは下記の言葉。

「中野さんは、何々をしなければならない!○○べきだ!!とよく口にされます。
それは義務感や恐怖感から発生するかもしれません。
○○がしたいと、心から楽しめる状況はありませんか?」

当時の私はマイナス思考、愚痴や悪口もよく口から出ていたし、ネガティブな発言が
多かったように思う。

電話の時間に縛られるのが苦痛で数ヶ月で辞めてしまったコーチング!!
全ての答えは自分の中にあるとよく言われるが
果たして当時の私の中に、真実の答えは存在していたのであろうか?

セミナーはワークを中心に行われた。
さすがに友人のRが呼びかけた参加者の顔ぶれは多彩ながらレベルと
その場のエネルギーは高く感じた。

スピリチュアルな要素がかなり含まれていて
興味深いワークを行った。

それはまずは知らない人とペアを組んで、対面となり数分間
目と目で見詰め合って心を通わせる。

その後に一方の人の大切な身につけている物を相手に渡して
相手はその物を手のひらに持って感じる言葉をインスピレーションに任せて
ドンドン口にする。

私の相手になった若い女性から私はブレスレットを渡された。
言葉なんて出てこないだろうと言う予想を覆して私の口からは
ドンドンと言葉が溢れて、ドンドンとイメージが増した。

私の中でイメージされたこと、「不安」「絆」が何度も何度も口に出た。

抽象的な言葉が多い中、なぜか「オリーブオイル」と「台所」の言葉のイメージが
浮かんですぐに口にした。

後から話を伺うと、私のペアの女性は広島から数ヶ月前に岡山に引っ越してきた。
ブレスレットは広島の友達にもらったものなので、「不安」とか「絆」の言葉は
ドキッとしました。

でももっと驚いたのは「オリーブオイル」でした。
実は今朝、オリーブオイルが切れたので台所の上に空のオリーブオイルを
家から出る前に置いてきたんです!!

これは単なる偶然か?それとも意識集合体が繋がっているのか?

今度は逆の私の番になった。

私は彼女に腕時計を渡した。

彼女が私に言った言葉!
「向上心」「やる気」「信念」「志」「強い意思」

何となく、くすぐったい言葉が並んだ。

その中で2回出た言葉が1つだけあった。

その言葉とは?

「孤独」
「孤独」

そうか?やはり私はコミュニケーション下手で「孤独」なのか?

何となく寂しい!!

投稿者 nakano : 22:38 | コメント (0)

2008年04月13日

ドリームチームの作り方

岡山政経塾の7期生の
入塾式も無事終了!

後1ヶ月もしないうちに
行われる24時間100キロ歩行!!

7期生の人には頑張って欲しいと思う気持ちと共に
新たなる多くの方との出会いには感謝しかない!!

先日の中野裕弓さんのセミナーを振り返る。

今回私はロミさんに、働きやすい職場を作るためのチームワーク作り方を
スタッフが自ら考えて行動できるようなお話をお願いするのと同時に
スタッフが自分の人生を幸せにするための原理原則を
話して欲しいとお願いした。

3時間の話は本当に楽しく進んで、あっという間だった。

私が心に残った話は、やはりオーランドのディズニー大学の話だった。

ディズニーでは、スタッフをキャスト(映画で言うと配役)と呼び
お客様をゲストと呼ぶ。

ディズニーでは例え掃除夫でも皿洗いの人でも自信と情熱を持って仕事に取り組む!

なぜなのか?

その答えは新人教育にあった。

ディズニーでは、新人教育係を「ベストアンドブライテスト」
スタッフの中で一番優れた結果を出しているナンバー1が担当する。

ナンバー1が新人スタッフ教育を担当すると現場のマンパワーが足らなくなり
現場の混乱が生じると思うが、自分の仕事に一番情熱を持ったスタッフが
新人教育をすることで
@仕事に対する情熱 が新人スタッフに伝わり
A仕事の全体図を俯瞰させる ことで自分の役割を実感させる。

やはりこれもドリームチームを作るための原理原則であろう。

また最後の話に2ドルコメントの話があった。

自分の人生を輝かせて理想通りの人生にするためには
人生から、日々の生活から削除しないといけないことが幾つかある。

@言い訳
A弁解
B責任転嫁
C思い込み
D独りよがり
E正論の押し付け
F愚痴
Gネガティブな発言

仕事中にこの8項目に該当する話をすると用意された募金箱に
2ドル、200円を入れるのだそうだ。

自分のお財布から2ドルを払う事は、痛みを伴うので
しばらくすると嘘のように上記の2ドルコメントが職場から無くなり
前向きなポジティブな職場に生まれ変わると言う。

確かに歯科医師でも全国で成功している先生は
決してネガティブな言葉は口に出さない。

謙虚で腰が低く、感謝の言葉をよく口にする。

日本では「言霊(ことだま)」と言う言葉があるが、言葉に魂が
宿っているのは真実であろう。

200円は厳しいので10円コメントでもいいとロミさんは言う。

果たして当院に10円コメント募金箱は設置されるのかどうか?

楽しみである。

投稿者 nakano : 11:42 | コメント (0)

2008年04月10日

中野裕弓さんのセミナー

岡山は今日は1日雨!
小学校では今日が入学式というのに。

無常の雨!!

「吉野家」でお昼ご飯を食べていると
入学式を終えたばかりの父親と、小学1年生の子供が
仲良く牛丼を食べていた!

その姿がとても私には眩しかった!!


今日は朝から「中野裕弓」さんを岡山にお招きして
セミナーを開催した。

友人のA歯科医院とB歯科医院の院長先生始め、スタッフも参加してくれた。
中野裕弓さんは横浜生まれで、通産9年にわたる英国生活の後、東京の
外資系銀行勤務を経て、1993年よりワシントンDCにある世界銀行本部で
4年余り、人事カウンセラーとして多国籍の職員のキャリアや人間関係の
アドバイスにあたっていた。

凄い経歴の持ち主だが、数年前に広島のハーストーリーさんの主催する
セミナーで私と妻は初めて中野さんにお会いした。

参加者全ての方に自ら進んで自己紹介する姿が私にはとても新鮮だった。
それから中野さんは私にとっては同じ性ということもあり、姉貴みたいな存在だ。

そんな私が大好きな中野さんをお招きするので私は
生まれて初めてセミナーの始めに私が話す予定の中野さんの
紹介文を書いた。

同窓会の会長で挨拶するときも私は今まで原稿を書いた事は一度も無かった。
大まかなあらすじは決めてはいるが、いつもその場の雰囲気で適当にしゃべっていた。

そんないい加減な私が始めて原稿を書いた。

なぜかと言うと、昨日の読書感想文の取材で当院のスタッフが話した一言がきっかけだ。

「私は何度も何度も読書感想文を書き直します。
その度に自分の中で内容がまとまってゆくのを感じます!」

文字に書く事は目標達成においても必須だが
書くから自分でも理解できる面が大きいと思った。

私は何度も何度も書きながら必要なものを足して、要らない物は削った。


「働きやすい職場を築くチームワーク 〜ドリームチームの作り方〜」
講師 中野裕弓さん

本日は足元の悪い中、参加して頂きましてありがとうございます。感謝いたします。

私が大好きな中野裕弓先生をご紹介できることを本当にうれしく思っています。 

本日のセミナーのタイトルは「働きやすい職場を築くチームワーク 〜ドリームチームの作り方〜」

今の医療、特に歯科医療はチーム医療です。
今回の中野先生のお話のなかに、素晴らしいチーム医療を進めるための、
多くのヒントがあると思っています。

ぜひ1つでも2つでもそのヒントをつかんで帰ってもらいたいと思っています。

また今回のセミナーのもう1つの目的は、今日この場に参加してもらっている全ての人が
「人生において幸せになること」です。

1つだけお願いがあります。中野先生の著書の中にも書かれていることですが、
今日のセミナーの中で「THINK」考えるんじゃなくて「FEEL」
ぜひ感じ取って頂きたいと思っています。


こんな文章だが何度も何度も書き直した。
書き直すたびに新たな発見があって、なかなかまとまらない!

挨拶文を書き終わったのは朝の家を出る30分前だった。
果たして中野さんのセミナ-は?

投稿者 nakano : 23:22 | コメント (0)

歯医者の読書感想文

色々な人と人が繋がり
目に見えない大きな輪を感じる。

その輪が作り出すネットワークは
果てしなく大きい。

ご縁を大切に生きて行けば、必ず人は幸せになれると私は信じている。


昨日、一昨日と2日間に渡り、当院は2つの新聞社から取材を受けた。
一昨日は朝日新聞、昨日は中国新聞の記者の方が当院へ来院された。

中国新聞は広島県で発行部数最大!と言うことは中国地方で発行部数最大の
新聞社である。その記者の方がわざわざ広島から岡山の当院まで取材に来られた。


取材の目的は当院が4年前から取り組んでいる「読書感想文」について!

中国新聞では「活字の底力」と言うかなり骨太の特集を定期的に組まれていて
その特集の一環の取材であった。

当院のスタッフは常勤、非常勤に関わらず、2、3ヶ月に一度「読書感想文」の
提出が義務付けられている。

その感想文の本は、小説ではなく、ビジネス書と決まっているし、その本も
可能なら自分の給料から1500円程のお金を自己投資して買うようにお願いしている。

スタッフにしては、ある意味でハードルの高い読書感想文だが、
4年間も継続しているのは凄い!

そもそも読書感想文を始めたのは、私が本の素晴らしさを
ぜひ当院のスタッフに知ってもらいたかったからだ。

ここだけの話、私は39歳の5年前までは、ほとんど本を読まない人間だった。
読むのは漫画のみ!本はベストセラーでも読まない!!

特にビジネス書なんて読むのは、会社に勤務する管理職の人か、中小企業の社長さんと
変に決め付けていた。

そんな情けない私だが、あるときに先輩のK先生の紹介で
本の素晴らしさを教えてもらい、本に目覚めた。

K先生は私を書店に連れて行き、その場で、この本とこの本を読めと
その場で数冊の本を紹介してくれた。

素晴らしい1冊の本の中には、人間の多くの叡智と情報が詰まっていた。

これはぜひ当院のスタッフにも本の素晴らしさを体感してもらわないといけない。
そんなこんなで当院の読書感想文の取り組みは始まった。

本を読む行為は大切だが、読むだけでは人生は変わらない!

その本から「何を学んで」、「何を行動するか?」が鍵となる。
その目的のために当院の読書感想文は存在する。

私自身今では多読と言われるほど、本を読んでいる。
1ヶ月に読む本は30冊をくだらない!速読をしないと30冊は読めない。

本を読まない時代は、私は新幹線で東京に行く3時間半の時間が
苦痛で苦痛で仕方が無かった。

しかし本を読むようになって新幹線の3時間半の移動の時間は
本を読める3時間半もの貴重な時間に変化して、私は新幹線が大好きになった。

香港まで飛ぶ飛行機の4時間も、バンコクまで飛ぶ飛行機の6時間も同じである。
4時間も、6時間も本が読める!いつからか私の荷物は多くの本が占めるようになっていった。

本を読むことで私も当院のスタッフも大きく変わったように思う。

まずは他人に関心を持つようになった。私はスタッフに、そして患者様に
今まで以上に優しく接することができるようになったと思う。

また「なぜ人は仕事をするのか?」
「なぜ人は生きているのか?」
そのような哲学的な問いに対しても何となく自分のなかで答えが
見つかったような気がしている(もちろん日々答えは変化しているが!)

本を読み出して、私は人間的に成長したと思う。当院のスタッフもそう!!

4年分の読書感想文は数冊のファイルとなる。
その分厚いファイルの読書感想文を1枚1枚読みながら
記者の方が呟いた!

「この読書感想文、よく書かれているな!本にまとめれば売れるんじゃない?」

えっ!本の出版?? 印税???

まだまだ私は読書量、修行が足らないようである。

投稿者 nakano : 07:03 | コメント (0)

2008年04月08日

16回目の誕生日

仕事の関係で英語のメールを数通送る。
慣れない英語のメールにてこずる。

私は英語が聞けない!言えない!!書けない!!!
言わば英語の3重苦!

ヘレンケラーか?お前は??と一人突っ込む。


それは、今日の朝礼のときだった。

いつもの朝礼の流れと少し変わったぞ!
といきなり風向きが変わったことを敏感に感じた私だが
私と妻の目の前に、大きな花束が現れて、
スタッフ全員の寄せ書きが贈られたときは、正直驚いた。

これこそサプライズ!!

そんじょそこらの仕掛けでは驚かなくなっていた
鈍感な私も、いきなりの花束に本当に驚いた。

しかし私はスタッフが花束の理由を話すまで
なぜ私の目の前に大きな花束があるのか?理解できなかった。

「今日、4月8日は当院の16回目の開院記念日です。
院長、主任、オメデトウございます!」

「えっ!開院記念日?でもなぜそんなこと知っているの?」

私も妻も開院記念日について、スタッフに話したことはほとんどなかったし
私自身すっかりと今日の記念日を忘れていた。

当院は、忘れもしない、でもすっかりと忘れていた
16年前の4月8日、この地で新たな歯科医院を始めた。

4月1日から勤務に入ったスタッフは歯科医師は私1人、歯科衛生士は常勤が4名。
1週間、スタッフ研修を朝から晩までみっちりと行い、4月8日に開業した。

歯科ユニットはわずかに3台だけだった。
16年前の4月8日には最初の診療日なのに19名の患者様が来院された。
その19名の中でほとんどは私の親戚と友人だった。

当院は立地が悪くわかりにくいので、最初の1年間は患者さんの数は少なかった。
1年かけてにやっと通常の歯科医院の患者数まで増えた。

その後は有難いことに既存の患者様から多くの紹介を得て、
患者数は右肩上がりに増えていった。

そして本日25名のスタッフで朝礼を迎えることが出来た。

寄せ書きのスタッフのありがたい事は何よりも私に力を与えてくれる。

「院長からはいつも前向きなエネルギーと元気をもらいます!」
「なかの歯科で成長させてもらっている自分が幸せです。」
「一生なかの歯科で勤務させて下さい!」

寄せ書きには「成長」「感謝」「ありがとう」の言葉が溢れていた。

素晴らしいスタッフから、私は元気をもらい、成長させてもらっている。

寄せ書きの中で一番目を引いたのは私と妻の関係についてだった。


私の16年間の開業生活の表と裏には、いつも妻の影があった!
ここまで来れたのは妻の力があったお陰だ。

私が10年前にある大きな失敗をしたときも、妻は一言も私を責めなかった。

今日は当院の16回目の誕生日!!

ここはいつも(お尻を蹴り飛ばすような!)強烈なバックアップを
してくれている妻に感謝の気持ちを述べないといけない。

しかし私はあることを思い出した。
私がすっかり忘れてしまっていたのは今日の開院記念日だけではなかった。

3月末の、私と妻の19回目の結婚記念日を私は今まで
すっかりと忘れてしまっていた。

今更!今更!!


投稿者 nakano : 23:27 | コメント (0)

2008年04月07日

歯医者の前世

今日から新しい歯科医師のH先生と
ベル歯科の実習生2名が新たに
当院のスタッフに加わった。

いきなり3名の新人スタッフの加入に
活気づく診療室に私はうれしい。

ご縁があって、当院に来て貰った人たちには感謝しかない。
でもこのご縁は偶然でなくて必然だと思っている!!


最近江原さんのバッシングが週刊誌等をにぎあわせているが
彼の番組「オーラの泉」でスピリチュアルなブームが加速されたことは間違いない。

人は魂の成長を求めて、何度も何度も生まれ変わる。
そのために誰にも全世があり、それも前世は幾つもあるという説がある。

前世があるかどうかは、その人が信じるところであろうが
私は数名の方から、なぜか前世を見てもらったことがある。

「前世は、単に前世であって、それ以上でもそれ以下でもない。
そのために一喜一憂する必要はない。」そう言われたこともある。

ドイツの薬草関係の仕事と言われたこともあれば、明治時代の女性と
言われたこともある。

幾つか言われた私の前世の1つが「モンゴル」に関係するものだった。
いくつかの前世の中でなぜかその「モンゴル」の言葉が私の中で
引っ掛かっていた。

それを言われた私は、気にしていないつもりだが、やはり気にしていたらしい。

先日少し時間が出来た私は、半年振りに一人で映画を見に出かけた。
その映画が「モンゴル!」

上映時間も調べないで、そのまま映画館に行った私は
上映まで30分以上の時間があれば、待ち時間が勿体無いので
見るのを止めようと思っていた。

でももし上映時間が「○時○分」ピッタリだったら
私とモンゴルはそれほど強い縁があるので、一度ウランバートルの土地を
自分の足で踏んでみたい!

そう思っていた。

映画館に行って驚いた!
次の上映時間は、○時○分!私が想像していたその通りの時間だった。

待てよ!さすがにこれは偶然だよな!!私はそう思いこんだ。

「モンゴル」はあの浅野さんがチンギスハーンで主演する大作映画だった。

映画の内容は素晴らしかった!

モンゴルの大地の大きさ、人の大きさに圧倒されながら
今の日本に生まれた幸運を噛み締めた。

当時世界の半分を支配したチンギスハーンの人間の大きさに圧倒された。

映画では多くのモンゴル人と多くの馬と羊が出ていた。


何を隠そう!私の前世は

あのチンギスハーン の、あのチンギスハーンの

馬だった!!

投稿者 nakano : 21:59 | コメント (0)

2008年04月06日

博多の熱い夜!

ブログを書くことは時には
いいこともあるようで
ブログの私の書き込みがきっかけで
中国新聞と朝日新聞から
それぞれ取材の連絡を受ける。

天下の新聞社からの取材に心が躍る!!

土曜日の診療を私一人だけ早めに切り上げて
のぞみで福岡に向かう。
最近は便利になったもので1時間40分ほどで博多に到着!

今回の博多入りは、翌日の日曜日に開催される
私が所属するインプラントのIPOIの経営セミナーへの参加が1つの目的だったのだが
一番大きな目的は別にあった。

当院の予防歯科のホームページでいつもお世話になっている佐賀のMさんに
直接お会いして話をすることが実は今回の博多行きの一番大きな目的だった。

Mさんとは電話で一度話しただけ!後はいつもメ-ルだけのやり取りだった。
ここは一度きちんとお会いしてご挨拶をしないといけない。

そう考えた私はMさんに事前にメールをして土曜日の夜に博多で
飲む段取りをお願いした。

のぞみの1時間40分の間に1冊の本を読破した。
その本の名前は「手紙屋」、著者は喜田川泰さん。

「手紙屋」と言う本は、先日カンボジアのツアーで仲良くなった
塾の経営者のKさんから薦めてもらった本だった。

Kさんは、あのお好み焼きの「チボウ」の社長からこの本を薦められたみたいだ。

博多の新幹線の改札でMさんとお会いして、博多の焼き肉屋さんに直行!
この焼肉屋さんは、鹿児島の黒牛を使ってるらしいが
お味は抜群だったが、それ以上にスタッフ教育が優れていて
スタッフの笑顔と気配りは本当に素晴らしかった。

最後は店の外のタクシーまで女主人が送ってくれて、底力を見せ付けてくれた。
(私はかつて何名の患者様を診療室の外までお見送りしただろうか?)

美味しいお肉とお酒に酔っ払った私達が次に向かったのは中州の「おかまバー」

「おかまバー」と侮る無かれ!

「おかま」の気配り、心配りは、言わばサービス業の原典!
どうすれば相手が喜ぶ?どんな盛り上げ方をすればお客が楽しめるか?

根本的なサービス精神が骨の髄まで染みこんでいる。

しかし中州のおかまバーは、おかまもお客も一体、無茶元気!
岡山の外様の歯医者の私も、いきなり他のお客さんと一体となり楽しいときを過ごす。
(この乗りは大阪でさえ経験していない!アジアの玄関口福岡ならではであろうか?)

おかまバーのママは、ママとパパの「合いの子」で「マパ」って言うのを
45年生きてきて私は初めて知った。

Mさんのお店の選択に小さく唸った!中州凄い!!


私はなぜか「おかまバー」で凄くもてた。

女性のいる普通のバーではほとんどモテナイ私だが
なぜか「おかまバー」では凄くモテタ!!

あのモテヨウはサービス精神のなせる技か?
それとも私に何らかの匂いが??

時計の針は12時を回っていたが、中州の夜はこれから始まるところだった!!


投稿者 nakano : 21:23 | コメント (0)

2008年04月04日

岡山朝まるステーション

最近私の回りの友人の
活躍ぶりが目覚しい。

東京に事務所を構えるもの、赤いBMWを買うもの、
セミナー講師をするもの、マンションを建てたもの、

前向きな友人達は私のステージを引き上げてくれる。
「付き合う友人を選べ!」の格言は事実である!!


4月になりテレビやラジオの番組編成が変わった。
私がレギュラーを頂いたRSKテレビ「イブニングDonDon」は変化なし。
取りあえず大きな失敗が無ければ今後6ヶ月の続投が決定した。

ラジオに関しては大きな番組編成があるので続投かどうか私は
大変気を揉んでいた。

何せ「カラダにいい話」のコーナーで月に2回とはいえ
歯の話を2年間以上もこの私がさせて頂いているのだから!
(よく歯の話だけで2年以上も話題が持つよなと、自分でも感心する!)

そのRSKから先日続投の連絡が私に入った。

「中野先生のお話は評判がいいので、新しい番組の中で
引き続きお願いします!」と言われて、うれしかった。


先月まではRSKの三宅八重子アナとの1対1のトークだった。

今月からは番組が「岡山朝まるステーション」に変わって
担当のアナウンサーの方は2名となった。中尾アナと小林アナだ。

生放送でのトークは3人で行うことになる。

3パーソン!いわゆる3P
(言葉の使い方が間違っていたらごめんなさい!)

その第1回目の本番が今日あったのだ。


私は基本的に真面目で小心者なので
生放送をすっぽかしたり番組に穴を開ける事は今まで1度もなかった。

しかし朝の診療の準備で忙しい時間帯の生放送の本番なので
スタッフに話しかけられた次の瞬間、私の記憶からスーッと
ラジオの番組が消えことが過去一度だけあった。

その時は急な電話に我に帰り、あせりにあせって
しどろもどろの凄い生放送となった。

RSKラジオの関係者の皆様、視聴者の皆様、
あの時はご迷惑をお掛けしました。

同じ失敗は許されない!


そして9時20分がきて、中尾アナと小林アナと私の生放送のトークが始まった。

今回の歯の話は「審美歯科」
歯のガタガタや色をセラミック等の人口の材料を使って治す治療法!

先月までの三宅アナはどちらかと言えば少し早口だった。
私も早口なので、2人の話はドンドン早口になることが多かった。

いくら早口になっても三宅アナはプロなので「噛むこと」は全く無かった。
しかし私は、、、早口についてゆけずに何度も何度も「噛んだ!」

今日からのAアナとBアナは反面ゆっくりとしたペースで話は進められる。

私としてはゆっくりと噛みしめながら話をするほうが間違いも無く
噛むことも少ないのでありがたい!

しかしこのゆっくりとしたペースでは
このまったりとした雰囲気ではギャグをかますことが出来ない。

まじめな話の中に少しだけお笑いの要素を取り入れたいと
常に考えている私だが、いつも私の話はつまらないと酷評される。

笑いを取ろうと頑張れば頑張るほど、滑ることが多い!

今回のラジオの話は内容だけを考えると100点満点に
近い出来だったとも思えるが、笑いの要素は1つも無かった。

私が今後常にレギュラーを勝ち取るには「お笑い」の
ツボを見つけるしかない!!

「お笑い」のツボ?果たしてそのツボはどこに落ちている??


投稿者 nakano : 22:14 | コメント (0)

2008年04月03日

カンボジアから帰って!

カンボジアから帰国して
既に10日が経過した。

日中は40度近い熱い乾期のカンボジアから
帰国した私は、寒い日本の気温にまずは風邪を引いた。
風邪の上に長引いた下痢が辛かった。
風邪が治ったと思ったら、こんどは「ぎっくり腰」の症状が再発!

辛い辛い10日間を、何とかやり抜いて今日に至る。

2回目となるカンボジアでは、初めて海外で大きく体調を崩した。
しかし自分に与えられた「孤児院での歯科検診、歯科指導」は
自分なりにやり遂げたように思っている。

何でも全くレールのないところに初めてレールを作ることは大変なものだ。

3月25日に行われた岡山大学歯学部卒業謝恩会でも
私は同窓会会長の挨拶としてカンボジアの話題に触れた。

まずは学生さんの反応を見たいと、私は53名の卒業生に
「居酒屋のワタミの渡邉美樹さんを知っている人は手を挙げてください!」
と話を振った。

ほとんどの学生から手が挙がると思っていた私は、会場から3名しか
手が挙がらない事実に凍りついた。
(その3名は歯学部サッカー部の後輩だった!知らないのに
私に気を遣って手を挙げた感が強い!)

えっ!皆渡邉美樹さん、知らないの?

「他の人に喜んでもらうことを、自分の喜びにして下さい!」と言う私の趣旨の
言葉が空しくも宙を舞った。


3月29日に行われた岡山大学歯学部サッカー部設立25周年記念式典でも
私は近況報告の変わりにカンボジアの写真のスライドショーにして
カンボジアの報告をサッカー部のOB会の先生方にした。

戦慄なカンボジアの写真からはさすがに伝わるものが多かったのか?
親友からは「やるんなら毎年カンボジアに必ず行け!」何て熱いエールをもらった。

うれしかった。

しかし、しかし、私が何度も何度も、カンボジアの現状を口頭でそして
写真や動画を使って訴えようが、あの状況を正確に伝えることなんて
出来やしない!

人間は自分の過去の経験から物事を判断する。
余りにも過去の経験とかけ離れた世界は絶対想像だに出来ない!

海外にはよく行ってそれもアジアを好む私もアジアの最貧国のカンボジアの現状には
目を覆うものがあった。

人生観が変わったと言っても過言ではない!

私達、日本人は今現在日本という恵まれている国に産まれて
食べるもの、着るもの、住む場所など、ほとんど不自由なく暮らしている。

特に食べるものは、多くを輸入しているとはいえ、コンビニにも
スーパーにも溢れ返っている。

「飢え」を私達、今の日本人は知らないのだ!

カンボジアから帰った私は今まで以上に「大食い選手権」的な番組を嫌悪して
食べることは大好きなくせに、薀蓄を振り回す必要以上のグルメブームには
警鐘を鳴らしたい!

まずは行動から!

カンボジアから日本へは直行便は無い!
帰りの飛行機の中では何度も機内食が出る。

全て食べるとカロリーオーバーになるので私は今までは
ほとんど機内食には手を付けないでいた。

しかしシェムリアップからバンコク行きの飛行機の中で出された
機内食は簡素なものではあったのだが、カンボジアの子供にとっては
凄いご馳走に見えた。

私は残すことが罪悪と感じたので機内食を全て綺麗に平らげた。

日本に帰国して体調を崩した関係から私は自分の体重が
かなり減少していると信じていた。

しかし現実は違っていた。

体調を崩すのは辛いが、体調を崩した上に体重が増えるのは
2重の苦しみでとっても辛かった。

しかし私はカンボジアの話を機会があれば行い続けるつもりだ。

カンボジアの現状を少しでも多くの人に知ってもらうため!
日本という国がいかに素晴らしい国か知ってもらうため!!

投稿者 nakano : 15:48 | コメント (0)

2008年03月30日

アンコールワット

アンコールワットで朝日を拝むために私たちは
6時前にアンコールワットに付いた。

私は朝日よりKさんの苦しそうな体調と
我が身の危険が心配だった。

一度ホテルに戻り、再び8時30分にアンコールトムに
出かけるメンバーの中にKさんの姿はなかった。

いっしょにワインを飲んだのは、まずかったかな?と
責任感を少し感じながらも
何とか私の下痢の症状は治まっていった。

そして、渡邉美樹社長と行くアンコールトムでは、
今回の旅で始めて一緒に写真を撮ってもらったりと
至福の時間を過ごす。

午後の観光は、私は体調を考えて念のためにキャンセルして、
プールサイドで休むことにした。

今回のシェムリアップのホテル「ソフィテル」のプールサイドには
午後の熱い時間は避けたのか?ほとんど人がいなかった。

そんなプールサイドに数名の見慣れないスーツ姿の
頑強な日本人が姿を現した。

「SP?誰か日本の要人か??」

いつかのパーティで森元首相にご挨拶したとき、
同じ雰囲気のSPの方が森先生の護衛をされていたので、
すぐにわかった。

「誰が来る?」

そんな私の目の前にA元首相が白色の水着姿で姿を現した。

体調が一時不良と報じられていたのだが、お元気そうな姿だった。

これは日本人の一人としてご挨拶をしないといけない!

そう思った私だが、頑強なSPにテロリストと間違えられてもいけないので
秘書官と思われる女性に声を掛けた。

「A先生にご挨拶をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

すると私が秘書官と勘違いした女性は単なるソフィテルの女性スタッフであって
「私には分かりかねます!」と言われた。

声を掛ける勇気と、声を掛けない勇気を考えて、
私はあえて声を掛ける勇気を選んだ。

まさか水着姿で日焼けすらしていない白っぽい私は
テロリストと間違えられることはないだろう。

プ−ルサイドのA先生の方に歩いてゆき、私は声をお掛けした。

「A先生、こんにちは。私は岡山で歯科医師をしています中野と申します。
ご挨拶をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

私が自己紹介の後、今回ワタミの渡邉美樹社長とカンボジアに
ボランティアにやってきていることを話した。

すると意外に話が凄く通じた。

そして帰国便の情報まで初対面の私に教えてくれた。

スクールエイドジャパンの名前が効いたのか?それとも?

A先生と握手をして別れた私に、もう一人の私が
「A先生と一緒に写真を撮れ!
すると皆に自慢できる!!」と囁いた。

「今回の旅の目的は?」もう一人の私が、その声を遮った。

私がA先生と水着姿で写真を撮影しても、カンボジアの子供たちの現状は
少しも変わらない!


投稿者 nakano : 14:53 | コメント (0)

2008年03月29日

遂に恐れていた事態が!

4日目の朝の
モーニングコールは
朝の3時20分!

ほとんど睡眠時間を取らないまま、フロントに集合。


そのまま車でガタガタと真っ暗な道を2時間走って
WFPが給食支援を行っている学校に到着した。

給食支援は朝食のみ、その朝食も朝の6時半から始まるために
午前4時にホテルを出発した。

給食支援は、素晴らしい制度ではあるが、お米と上に掛ける鮭と
野菜の缶詰を煮込んだようなカレーのようなものは
365日全く同じメニューと聞いた。

365日1日1回全く同じ給食なのだ。

WFPでも日本からの支援は多いらしく、缶詰には
日本の国旗が印刷されていた。

カンボジアでは野菜不足なんて言っていられない!
365日同じメニューだが子供たちは美味しそうに美味しそうに食べていた。

給食支援と小学校の授業風景を見学した後は、
現地の児童の家庭訪問となった。

カンボジアはアジアでは最貧国の1つでもあり、貧富の差が激しい国でもある。

その児童の家は日本ではホームレスが住んでいるような
貧しい掘っ立て小屋だった。

訪問した家の現金収入は家族7名で月に1万円!

家には水道も無く、電気もガスもない。
水は雨水を桶に貯めて使い、食事は薪を燃やして作る。

WFPのその家の子供への持ち帰り給食支援で家族7名が
十分食べていける量があると言われる。

世界の8割の人たちはお腹いっぱい
ご飯を食べることが出来ない。

世界の8割の人たちはいつも飢えと戦っているのだ。

これが現実だ。

そしてカンボジアではその厳しい現実を
まざまざと見せ付けられ、私は深い絶望に襲われる。

一度ホテルに戻り、トゥールスレインとキリングフィールドを見学。

ポルポト時代の虐殺の歴史、いや事実をここでもまざまざと見せ付けられる。

目を覆う惨状がそこにあった。

その後、私たちはステイミンチェイと言うゴミの山を見学する。

ここはゴミ棄て場であるが、スラム街に接していて、ゴミ棄て場に行けば
多くのゴミの中で多くの人々がゴミを漁っていた。

小さな子供の姿も見受けられた。

ここで子供たちはお金になるゴミを一日中漁って少しの現金収入を得ると聞いた。
ペットボトルが一番高く売れるらしいが一日の収入は数十円!

アジアで最貧国のカンボジアのその中の最も貧しい現状がそこにあった。

お昼の2時で40度近い炎天下の中、あちこちから煙が上がり、悪臭と
日本では考えられない蝿の多さ!
早くその場を離れたい気持ちを抑えながら現状をしっかりと見つめた。

そこから私たちのグループは日本に帰国するグループと
シェムリアップに飛んでアンコールワット等の観光をするグループに分かれた。

多くの方が帰国されるなか、私は渡邉美樹社長がシェムリアップに行かれると聞いて
シェムリアップ行きを選んだ。

その日は、こちらに来てずっと早朝に起床したための、
慢性的な睡眠不足と、長時間のバスでの移動で体の疲労、
そしてキリングフィールドやゴミの山で精神的な疲労をかなり感じていた。

数名の方から「凄い疲れた顔をしているよ!大丈夫?」と声を掛けてもらったのだが
その声を掛けてもらった事実が、私は疲れているんだと言う自己暗示になって
余計に体の疲れを感じていた。

プノンペンからシェムリアップに飛んで、ホテルにチェックイン!

夕食も順調に食べた。
hitomiさんとKさんと共にワインまで飲んだ。

シェムリアップで一番の高給ホテルの食事なので安心して飲んで食べた。


その夜中の3時に突然の胃の痛みで、目が覚めた。

胃が無茶苦茶痛い!
キリキリと差し込むような痛みだ。

しばらくして下痢が始まり、それも段々水状になっていった。

「やばいかもしれない!」

ここで私は初めてカンボジアの洗礼を受けた。

1時間ほどトイレに篭り、何とか復活してアンコールワットでの
日の出を見るために、5時半にフロントに集合した。

その場所には昨日私の横に座られて共にワインをガブガブと
飲んだKさんの青白い顔をした姿があった。 

「中野先生!大丈夫ですか?」
「いや、かなり来ています!」
「中野先生もですか?私も大変です。」

どうやらKさんと私はほとんど同じ症状のようだった。

二人で何に当たったのかを考えるも、グラスワインが変な味がしたので
あのワインか?それとも付け合わせまで全て完食したあの生野菜か?

どちらにしても他のメンバーが元気ななか、
私とKさんだけが真っ白な顔で早朝から胃を抑えながら、
アンコールワットへと向かうのであった。

「まずいな!アンコールワットにトイレあったかな?」

「紙は???」

洗面室のティッシュペーパーをありったけバッグに詰め込んだ。

果たして私たちの運命は?

投稿者 nakano : 17:28 | コメント (0)

2008年03月28日

hitomi

水曜日のミ−ティングで
スタックにカンボジア報告をする。

写真のスライドショーの中の1枚の
写真を出した途端、スタッフが騒々しい。

スタッフA「歌手の○○じゃない?」
院長「えっ!知っている?有名な人??」
スタッフB「○○を知らない院長が信じられない!」

院長の私をまるで天然記念物扱いである。

http://hitomilovelife.net/hitomi/2008/03/


バンコクからプノンペンに飛ぶ飛行機の中で
私は今回のカンボジア教育支援ツアーのある若い女性の
方と隣になった。

綺麗な女性だが、私には奇抜なファッションに思えたので
その人の職業を、てっきり美容関係の美容師さんと思いこんでいた。(とっても失礼!)


隣に座った私は名刺を差し出して挨拶をした。
「はじめまして!岡山で歯医者をしています中野と言います。」

「はじめまして!○○ひとみと言います。ごめんなさい!名刺持って無いんです。」

「いやいいんですよ。ところで○○さんはお仕事は何をされているんですか?」

「歌手をしています。最近では舞台やお芝居もしています!」

(芸能界の仕事か?大変なんだろうな。CDなんかまだ1枚も出していないんだろうな?)

「歌手は長いんですか?」

「はい、16年?やっています。今32歳になります。」
(そうか!16年も芽が出ないのか?あきらめないのは素晴らしいが!!)

「そもそも歌手の○○さんがなぜカンボジアに行くんですか?」

「実は私はデビュー前にワタミでバイトしていたんです。
そんなご縁で渡邉美樹さんに誘われて!!」

(ワタミ繋がりか?)

奇抜なファッションに見えた○○さんはスタイルがよく
首が長く、頭は凄く小さかった。

綺麗な人なのに目が出ないのか?
私は○○さんを完全に芽が売れない出ない芸能人!と
決め付けていた。

○○さんは私が話しかけない間はずっと本を読んでいた。
(へーっ!こんな本を読むなんて勉強家な人なんだな!)

知らないって言うのは本当に恐ろしい!!

今回のツアーには世界的に有名なプロのカメラマンも同行していた。
カンボジアでは子供たちの写真をどんどん撮っていたのだが
なぜか飛行機で横になった○○さばかり撮影していた。

(なんだ!私も同じ参加者なのに1枚も撮ってくれないのか?)
私は少しだけひがんでいた。

http://hitomilovelife.net/hitomi/2008/03/

最後の夜シュムリアップでのホテルでの夕食では
私と横のKさんと歌手の○○さんの3人でワインを飲んだ。

まさか有名な歌手だとは思いもせず、淡々とワインを飲んで話をした。

その歌手の名前は[hitomi]

彼女のブログでもカンボジアのことを書いているので
この場で私が書き込んでも問題ないと思う。

しかし、スタッフからはhitomiを知らないなんて?と旧石器時代の人間の
ように言われるし、先日のRSKのテレビ収録の裏話だが
本番では話さなかったのだが、カンボジアの話で
一番大うけしたのが「私がhitomiを知らなかったこと!」

私が奇抜なファッションと思った彼女は妻に言わせると「若者のファッションリーダー」らしい!
北陸の有名な旅館の社長の顔はすぐわかった私だが
有名な歌手「hitomi」を知らないなんて?

知っていたのなら一緒に写真を撮ってくるんだった?
しかし後の祭り!

しかし45歳の男性で「hitomi」を知っている割合って?
何%??


投稿者 nakano : 23:20 | コメント (0)

2008年03月16日

男の料理教室

昨日の土曜日は家族で
ルメナージュで私のお誕生日のお祝い!

美味しい料理と美味しいワインを満喫!

今この時代に、日本に生まれたことに本当に感謝しながら
家族と生きる幸せを噛みしめる!


今日の日曜日は私は生まれて初めて料理教室に参加した。

この料理教室はいつもお世話になっているロータリークラブの活動の
一環ではあるが、岡山全日空ホテル総料理長の先生から
直々に料理のコツを教えてもらえるなんて私はなんてラッキーなんだろう!

会場には朝から中高年の男性が各々エプロンを持参して集合した。
ちらほらと奥様等の女性の姿が見られた 。

本日のメニューは
1、わかさぎのカダフィ?巻き
2、手打ちパスタ、菜の花とアサリのソース
3、豚ヒレのピカタ、ニョッキ添え、フルーツソース
4、コーヒークリームブリュレ

まずは先生の手本を見せていただく!
さすがにプロの進め方は素晴らしい!
同時に何品も進めて行くので、メモを取る手が止まらない!

過去にジャガイモのニョッキ作りに失敗したことのある私は
今回の手打ちパスタとニョッキ作りがとても楽しみだった。

私の料理は誰からも教わっていなく、書店で並んでいる本から
学んだことがほとんどで、私の師匠はラベットラの落合シェフであったり
アロマクラシコの原田シェフであった。

しかし目の前には本物のプロのシェフがいる。
興奮を押さえながら、テーブル毎に料理を作り始めた。

今回18名の参加者は4つのテ−ブルに分かれた。
私のテ−ブルだけ女性がいなく、料理を作りそうに無い男性ばかりが
なぜか集まった。

クリームブリュレは既にグラニュー糖も生クリームも全てあらかじめ
計量されているので、それを混ぜて裏ごししてオーブンで焼くだけ!

間違いの使用が無い!

次が問題の手打ちパスタ!
セモリナ粉?を慎重にお湯で混ぜながら、形を作って行くも
一向に一向にまとまらない!

何かまとめてラップに巻いて少し落ち着かせるも一抹の不安が残る!

そして、そして、ジャガイモのニョッキの出番!
ジャガイモをゆでてつぶして小麦粉を混ぜてレシピ通りに進めるのだが
固まらない!まとまらない!!

まぜても、こねても、ビクともしない!

何とか形にしてお湯で茹でると、全てのニョッキは形を失って溶け出してしまった。

他のテーブルを見ると、さすが主婦の力!
ニョッキに失敗しているのはこのテーブルだけだった。

ピタタが真っ黒に焦げようが大丈夫!
クリームブリュレの上の砂糖が焦げすぎようが大丈部!!
おじ様5名の力作、4品が遂に完成した!!

数時間の格闘は面白くもあり、失敗したニョッキには残念でもあった。

最後は皆で記念撮影して無事終了した。

私は帰りに天満屋の地下に寄って、ジャガイモのニョッキの材料を購入した。

このままでは私は満足できない!

自宅の夕食でリベンジしたい!!

急いで帰った私は肝心のレシピを会場に忘れてしまった。
うろ覚えで作った、ジャガイモのニョッキは午前中の悪夢を彷彿されるように
またもや固まらない!!

ラップに巻いて、冷凍庫に入れて何とか形になった。

それを何とか茹でると??

水分を吸い込んでふやけてしまったジャガイモのニョッキは
いわば男の料理!大雑把!!

ゴルゴンゾーラのソースとの相性は抜群だったが
軟らかすぎて、歯ごたえもジャガイモの風味もない!!

薄力粉が悪かったのか?それとも??

投稿者 nakano : 20:53 | コメント (0)

2008年03月15日

歯の怪我

アルバイトの学生さんから
謝恩会での私のDJ OZMAの
写真を見せてもらう。

金色のアフロが思いっきり恥ずかしい!


今日の午後に当院に1本の電話が入り
「3歳の子供の前歯が抜け落ちたのですが、どうすればいいんですか?」と聞かれた。

抜けた歯を、牛乳かお母さんのお口の中に入れて
乾燥しないように注意して、少しでも早く来るようにお願いした。

電話の向こうのお母さんはかなり気が動転している様子で
きちんと指示が伝わったかどうか?心配だった。

電話から20分後に、3歳になったばかりの子供さんが
抜け落ちた歯といっしょに当院に来院された。

話を伺うと、抜けてから既に3時間以上経過していて、
抜け落ちた歯はかなり乾燥している様子だった。

「これは無理かもしれない!」そんな思いを感じながらも
駄目になる可能性を話しながら、抜け落ちた歯を抜けた場所の
歯肉に押し込んでワイヤーと接着剤で固定した。

もしこの子が自分の子なら、1%でも可能性があれば
私は絶対これと同じ処置をすると思ったからだ。

しかし3歳になったばかりの子供さんの抜けた前歯を所定の位置に
押し込んで、その場で固定するのは困難を極めた。

自分の子供なら、叩いてでもぶってでも、動かないようにさせるのだが
他人のお子様なのでそうはいかない!

春先と秋の運動会のシーズンにはどうしても子供さんの怪我が多くなる時期だが、
私は、子供さんの怪我では苦い思い出がある。

7年ほど前、ある木曜日の夕方、休診の誰もいない診療室で
私が事務の仕事をしていると1本の電話がなった。

「5歳の女の子が自転車で転倒して、家に帰った時は
上の顎と下の顎が血だらけの状態。」
その時も私は母親に今の状況をよく確認して
「歯が抜けていたり、めり込んでいないかよく確認して
すぐに来院してください!」と指示を出した。

しかし30分後、来院された時、血液をぬぐってよく見ると
生えたばかりの前歯が1本抜けて無くなっていた。

自分の娘が血だらけで家に帰ってきたとき、動転している気持ちを抑えて
「血液をぬぐって歯の状態をきちんと確認してください!」
と言うほうが無理だった。

歯がないのだから、あきらめざるを得ない!
でももしこの子が自分の子供だったら私はどうする?

それから私は、その子と母親を車に乗せて、自転車で転倒した場所へ
連れて行ってもらった。

車は国道180号線を北西にどんどん進んで、最上稲荷をも越えた。

こんな遠い場所からわざわざ当院まで通ってくれていたのか?
そんな思いを胸に私は転倒した場所へ急いだ。

「あの辺り!」

その子が指差した場所は、自転車で上がれる陸橋の上だった。

私がその陸橋を隈なく探してみると

見つかった!

すっぽりと抜け落ちた前歯が1本!

しかしそのとき既に、怪我をして抜け落ちてから3時間以上の時間が経過していた。
その上に陸橋の上は汚れた状態で、歯は乾燥したうえに汚染されていた。

夕方のラッシュに巻き込まれながら40分かけて当院に
戻り、通常通り洗浄して復位と固定を図った。

祈るような気持ちで歯を元の位置に戻した。
5歳の女の子は処置中涙を全く流さないで歯を食いしばって頑張った。

しかし一度は生着したその前歯は、1年後に外部吸収を起こして
抜け落ちてしまった。

私は自分の不甲斐なさが凄く悲しくなった。

7年前のあの時の思いが、泣く子供の固定をしながら
私の中でフラッシュバックされる。

本日の教訓
「歯が怪我で抜け落ちてしまったら、乾燥しないように注意して
1分でも早く歯医者に駆け込むべし!!」

うまく生着することを祈る!!

投稿者 nakano : 17:37 | コメント (0)

2008年03月14日

三高から三低へ!果たして歯医者は?

1ドルが100円を遂に切った!
これからは円安と予測していた
私は息をするだけで痛みを感じる!

こうなればGWにアメリカに飛んで
現地で実際に自分の肌で空気を感じたい!!


先日ある方から「縁談話」があった。
もちろん結婚して19年が経過する私にあった「縁談話」ではない。

35歳の男性の歯科医師!実家は歯科医師ファミリーで次男坊!
新しく歯科医院をオープンして結構繁盛している!
しかし出会いが無いので結婚できない!

親の介護の必要も無いし、親との同居の必要性も無い!
その条件で誰かいませんか?と私に聞いてきた。

なぜそんな話が当院に来る?

確かに当院は美人の独身の女性は多いのだが
美味しい話には裏が?

無い??本当に???

私が独身の頃は世間では三高が叫ばれていた。

いわゆる高学歴、高年収、高身長の三高だ。

プロフィールには、身長172cmとさばを読んで書く私だが、実際は160cm台の身長なので
私はこの三高の「身長」だけで落とされることに、大変悲しい思いを感じたものだ。

それが時代は変わり、スタッフに聞くと今は「三高」ではなくて「三低」らしい!

「三低」とは、
低姿勢(レディーファースト)
低リスク(リスクの低い安定した職業、公務員、資格保持者など)
低依存(束縛しない、お互いの生活を尊重)の男性をさすらしい!

果たして私は三低に当てはまるのか?

低姿勢!

車のドアは必ず私が開ける私はレディファースト!
低姿勢はクリアできる(車のドアは妻以外の美人に限定されるが!)

低リスク?

ここは判定が難しい!私は歯科医師の国家資格を持つので
資格保持者であるが、何せ歯科医師は今や5人に1人がワーキングプアとを
呼ばれる時代で、所得も医師と比較して歯科医師はダブルスコアならず
トリプルスコアくらい大きな差がついている。

(大阪の市立の病院が麻酔医を年収3000万の高給で募集している!
歯医者の勤務医で年収3000万は考えられない!)

最後は低依存!

束縛しない?
私は配偶者から束縛されたいし、配偶者を束縛したい!!

自分で家事ができるかと言うと、料理は趣味であるが、
料理なんて誰かのために作るから面白いのであって
自分ひとりなら私は一生コンビニ弁当でも、卵かけご飯でも全く支障は無い!

でも独身の男性の歯科医師って、本人の人間性は無視をして
仕事だけの面から見ると、本当に果たして魅力的なのか?


結婚19年を迎える既婚の歯科医師の私は
早く結婚していて本当によかったと胸を撫で下ろすのであった。

果たして私の妻の心境は?

私との結婚!成功?失敗??

果たしてどっち!!


投稿者 nakano : 21:25 | コメント (0)